天野篤のストイックさは脱帽レベル!生年月日は郷ひろみ?

天野篤 画像

2012年の天皇陛下のバイパス(オフポンプ)の手術をしたことで

メディアへの露出も増え広く知られるようになった天野篤さん。

そんな天野篤さんがとんでもなくストイックな人だということで

調べてみたのですが、本当にすごい方でした。

 

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天野篤さんとは?

天野篤 画像

初めにちょっとしたプロフィールを。

生年月日は1955年10月18日生まれの58歳。

なんとこれ郷ひろみさんとまったく一緒なんですよ♪

 

埼玉県の蓮田市出身の方です。

結婚もしていて、子供も二人いて息子と娘が一人ずついます。

 

NTT東日本病院や亀田総合病院、

新東京病院心臓血管外科の部長、

昭和大学横浜市北部病院循環器のセンター長や教授を経て

2002年7月から今も順天堂大学心臓血管外科の教授をやられています。

 

とにかく渡り歩いて、手術数を増やして技術を磨いていくあたり

料理人のような仕事人的お医者さんって感じでしょうか?

 

さてそんな教授になった今でも、

年間500件前後の手術をこなしているため

1日1件以上、多い日は4件もの手術を現在でも行ってます。

 

そしてその手術の成功率は脅威の98%という

いわゆるゴッドハンドとも謳われる天才外科医さんです。

 

そして面白いのが(面白いというのは失礼ですが、、)

天野さんは順風満帆にエリートコースを歩んできたわけではない

のがまた魅力の一つです。

 

中学・高校までは確かにエリート街道まっしぐらで

高校は埼玉県立浦和高等学校(偏差値72)の進学校に

通ってました。

 

ですが高校でスキーに熱中しすぎて学力がみるみる低下。

 

卒業後も大学受験で3浪した後に私立の日本大学の医学部に入ります。

 

そして実は

浪人中も大学入ってもパチンコや麻雀に熱中しまくっていたらしく

要は熱血ギャンブラーなんです!

 

そんな天野さんも今では天才外科医ですからね・・・

医者なら国立のトップ医学部に行かなきゃダメだという考えを

ぶっ潰してくれるパイオニアのような方ですね♪

 

というのも天野さん自身も実際経験しているんです。

 

大阪国立循環器病院に応募した際、

私立の医大出身で3浪したためか不採用にされたこともあるみたいです。

 

ここは有名な国立出のエリートさんが多いみたいですし、

やっぱり大きいところは結局大学名で落とされるのかもしれませんね。

面接の意味とかあるんですかね?笑

 

ちなみに今でも暇あったらパチスロとか行ってるみたいなんですが

このメガネつけてやってたらかなり勝ってそうですw

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さて天野さんがどうして医者を志したのか?

 

それはお父さんが心臓の病気を持っていて

自分が治してやる!と思ったのがきっかけです。

 

実際天野さんはお父さんの手術に携わることができたのですが、

自らのミスで父を失ってしまいます。

しかしその経験が今の天才外科医である天野さんを作ったともいえます。

 

そのあたりのことやお父さんのことは天野さん自信が

インタビューに答えてる記事があったのでそちらを紹介しておきます。

自分は最後のほうは泣けてきました。。

⇒父の教え

⇒日立ソリューションズ

 

またテレビでの特集の映像もありましたのでどうぞ!
(※少し生々しい映像の部分があるので苦手な人はクリックしないでください!!)

⇒闘うドクター

 

ストイックすぎて頭が下がる

天野篤さんのストイックさはマジメにすごいんです。

 

まずとにかく病院にいます。

月曜~金曜まで泊り込みで24時間病院にいます。

家に帰宅するのは週に一度日曜日だけ。

 

これはいつ手術する場面がきても

受け入れが100%対応できるようにということなんです。

 

また食事を取りすぎも色々と問題なので

食事もコーヒーや菓子パン、バナナなどを食べる程度で抑えているようなんです。

 

でも天野さんの専門としている手術になると

長時間かかるものも多いなか

 

そんな食事で大丈夫か?

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でも天野さんからしたら、

 

大丈夫だ、問題ない!

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みたいですw

 

そして教授になった今でも

手術に対しての探求や責任を常に持っています。

 

普通、偉くなってしまえば余計な仕事は若い人などに振って

手術だけ執刀して偉そうにしている人も多いと思います。

 

でも天野さんは違うみたいんなんです。

 

一つ一つの手術は記録に残しますが

それこそ教授が基本やるものではなく他のスタッフが

書くものです。

 

そんな手術記録を天野さんはすべて自分で書きます。

すべての手術は似ていても違う例、

100例の手術があれば心臓も100通りという考えです。

 

その一つ一つを

自分で振り返りをすることでイメージをもどし深め、

そこからさらに得られるものを徹底的に探しているそう。

 

この朝までかかることもある作業を

超多忙のなか毎日続けているわけですから、

もう頭が下がり続けてしまいます。

 

『すべては患者を治したいがため。』

これもお父さんの件があったから余計に思いが強いんでしょうね。

 

といっても本人は手術に対する好奇心、

難題をクリアしたときの達成感を常に楽しんでいるようで

もしかしたら相当変わった方なのかもしれませんねw

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まとめ

やはり天野篤さんは自分に厳しいストイックな方でした。

 

あと記事の中では書けませんでしたが、

彼は若手の育成にも相当力を入れています。

 

今は確かに家に帰らないということで奥さんにも子供にも

辛い思いをさせてしまっているようなことも言っていました。

 

早く天野篤さんのような人がたくさん育って

家族とすごせる時間が増えて欲しいですね。

 

そしてこれから医者を目指す人には、

命を預かる仕事を志す以上、

さすがにここまでストイックにとはいいませんが

このぐらいの気持ちはしっかりと持っていて欲しいですね。

 

最後に天野さんの発言で素敵だなと思った会見での言葉を載せておきます。

『成功したかどうかは、術後の患者さんが日常の生活を

取り戻した状態をもって成功と言える』

 

未来シアターにも出演されるそうですので楽しみです。

これからも応援しています!!

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